2011年8月27日(土)公開の角川映画『日輪の遺産』。
この映画のプロデューサーである、根津勝さんに
お話を聞かせていただきました。


【根津勝(ねづ まさる)さんプロフィール】
1987年3月、大学卒業後、
丸の内ピカデリーにて営業アルバイトを開始。
その後広告代理店、IT系、 衛星放送系の会社を経て、
2005年2月 角川映画に入社。
角川映画製作プロダクション作品の
ほとんどの音楽担当(「サウスバウンド」「DIVE!!」
「沈まぬ太陽」「人間失格」「最後の忠臣蔵」等)を経て、
主に映画製作における音楽制作に携わる傍ら、宣伝部、製作部に勤務。
2011年8月27日公開「日輪の遺産」はプロデューサーとして製作全般に関わる。


まず、プロデューサーとしてのお話を聞く前に…。
どういう経緯で今のお仕事に就かれたのでしょうか?

僕は就職活動というものをしておらず、
大学を卒業してすぐは映画館でアルバイトをしていました。
当時は、今ではたぶんないと思いますが、
映画館のチケット売場の前で、
拡声器で呼び込みをしたりとか、オールナイトが頻繁にあったので、
その何重もの列を夜通しで整理したりとか、
なかなか面白い経験をさせていただきました。
そのあと広告代理店に入って、最終的に角川映画に入りました。
最初は宣伝部に配属されたのですが、
のちに製作のほうに移り、今に至ります。


映画のプロデューサーのお仕事を教えてください。

プロデューサーの仕事は本当に多岐にわたるので、
現場を統括する仕事をはじめ、事務的なこと、
例えば予算の管理や著作権やその他諸々の権利処理、
主要キャストの出演契約、
もちろん中身に関しての主要スタッフとのクオリティコントロールなど
作品を製作する上での、すべてのことをできるだけ把握し、
関わっていかなくてはなりません。
今回の『日輪の遺産』に関してはプロデューサーが3人いたので
それぞれの仕事を3人で分担していました。


具体的に根津さんはどんなお仕事をされていたのですか?

僕は主に、角川映画の作品担当プロデューサーとして、
現場でも一応責任者として、
それ以外でも諸々の進行すべてに関わってきました。
その中でも全体予算の管理は重要です。
またキャスト、監督他スタッフ、製作委員会等の
契約に伴う権利処理も随時、
その都度確認の上、行っていました。
映画本編にはたくさんの権利が内在されていて、
出演者ごとの権利処理とか、音楽の権利処理などの、
映画そのものの製作のための権利はもちろんのこと、
DVDなどの2次利用とか、映画公開の後のためにも
さまざまな権利処理が必要となってくるので、
それをひとつひとつクリアしていく作業を
撮影と同時進行で行っていました。
撮影が終わっても完成しても、まだ行っているものもありますが…。
本来は完成時にはすべてクリアになっていなくてはなりません。
よくハリウッド映画の契約書ってこんな分厚いっていうでしょ。
(といって、親指と人差し指で10cm表現する)
しかしあれはきっと当然のことで、
数えたらきりがないくらい必要な権利処理の作業があるんですよ。
プロデューサーの中には、たまに権利処理の必要性を
そこまで感じていない人がいるんだけど、それは後々問題になって、
裁判沙汰になってしまうケースもあるので、
気をつけなければならないですね。


予算の調達はどのように行うのですか?

今の日本の映画製作は製作委員会方式という、
主に何らかの関係する企業が資金を持ち合わせて製作する
というやり方が主流になっています。
資金が集まらないと製作には入れないので、当然のことですが、
企画段階で企画書を企業に持っていって、プレゼンをします。
どのくらいの利益が見込めるかとか、
そういう具体的な収益予測などの事業計画を
きちんとシミュレーションして、
企画書に落とし込んで、プレゼンをします。
やっぱりその中でも一番重要なポイントになるのは
キャスティングというケースが多いです。
役者さんが決まっていると、話が通りやすい場合が多いです。


具体的にプロデュース業っていつ学ばれたのですか?

プロデュース業は実際に仕事に就いてからです。
仕事を通して学んでいきました。
いきなり、先輩に経験したこともないような、大きな仕事を頼まれて、
“えー!やったことないですよ。”
って思うこともたくさんあったけど、
いくら座学で勉強してもやっぱり経験しないと学べないですよね。
これは僕だけじゃなくて、新しく入ってくる社員もそう。
みんな仕事を通して、プロデュース業を学んでいくんだと思います。


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