書籍制作の世界は、どのような構造なのですか?

書籍編集者の立場は、映画のプロデューサーのように本一冊に
携わっている人々の「上」にいるという明確なトップとしての
立場ではなく、販売や広告とすごくフラットな立場にいます。
じゃあどうして、雑誌の編集をプロデュースというのかですが、
最初に全体的な企画を立てて、具体的にどのような本を作り、
どんな読者に販売していくか、という方針を決めるのが
全て編集者の仕事だからなのです。だから明確に上にいる
という立場ではないけれど、プロデューサーとしての意識は
持っていないといけないなと思っています。

自戒を込めて言うと、
とにかく本を作って「はい、売ってください」と本屋に送って終わり、
という意識は編集者としては駄目だと思います。
たとえば、僕の場合は書籍を作っている段階から
Twitterやコーポレートサイトの特設ブログなどを使って
事前告知を積極的に行います。
単行本は、映画の封切日や定期刊行の雑誌と違って、
発売日なんてほとんど知られていない。
本屋に並んでいて、たまたま見かけたら買って帰ろう、
という性質のものでしょう。
だから、本が発売される前から告知活動をして
発売前からひとりでも多くの人に知ってもらうことが大事なのです。
広告費があれば新聞の広告欄や
電車の吊り広告に載せるなりしてもらうことができるけど、
ほとんどの本にそんな予算はないから、
草の根的な宣伝活動を担当編集者自身がしているんですよ。
Twitterでもブログでもいいから、
とにかく本の情報をネット上に置いておけば、
たとえば「“コメ旬”って何?」となった時に
検索に引っかかるから、
本のことがすぐに分かるようにしておけますよね。
特にTwitterは、つぶやきがそのまま検索に引っかかるから、
投稿すれば投稿するほど、たくさんの人に伝わるんですよ。


編集者はPRもするんですね。

PRがすごく大事なんです。
単行本は、雑誌みたいに短い期間で大量に売る、
という販売方法じゃなく、長い期間の間に少しずつ売りのばしていく、という販売方法を取っています。
だから、発売した後も、
アフターフォローとして積極的に宣伝しないといけないんです。

たとえば『コメ旬』には
たくさんの人気お笑い芸人さんが関わっているから
意図的に彼らのTwitterアカウントに、
「先日はありがとうございました」といったツイートをすると、
リツイートしてくれたりする。
そのことで、芸人さんについている何万人とかのフォロワーに
『コメ旬』のことを知ってもらえるじゃないですか。
そういう活動がすごく大事なんです。

他のPR方法は、
『成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論(*4)の時は、
アニメファンが集まる夏のコミケで、
『魔法少女まどか☆マギカ』のうちわを無料で配りました。
そうすることでファンが勝手に
Twitterやブログで呟いたりしてくれるので、
どんどん口コミで本の発売情報が広がっていきました。

      
  (*4)『成熟という檻 『魔法少女まどか☆マギカ』論☆』
       山川賢一・著/2011/キネマ旬報社



また、著者のほかSFの世界で有名な方々を
神保町の三省堂書店さんに呼んで、
トークイベントを行ったりしました。
これらのイベントの立案やゲストのブッキングも、
いろいろな人にお手伝いしてもらいながら、
大抵の場合は編集者が指揮を執り行うんです。

       大盛況のイベントの様子は、こちら!


だから書籍を作るだけではなくて、いかにそれを多くの人に
波及させるか、はとても大事な仕事ですね。
自分が作った本だから我が子みたいに大切だし、その本の魅力を
一番に知っているのは僕だと思っているから、他人任せでなく、
自分自身で世に知らせたいと思いますね。

編集者に向いているタイプはありますか?

いろんなことに興味がある人の方がいいと思います。
1つのことだけ追求するよりも、いろんなことに好奇心が向いていて、
フットワークが軽い人。
編集者は常に新しいアイディアを求めているような人だから、
あまり会社にいないほうがいいと思います。
会社の机に向かっていると、
いつも同じ世界に囲まれていることになるので、
新しいものに出会えないじゃないですか。
今はパソコンを持ち歩いて外でメールも原稿チェックもできるので、
会社でしかできない仕事ってほとんどないですよね。

たとえば、外部の方との打ち合わせにしたって、
会社でする必要はないですし、
中間地点の喫茶店でやるほうがずっといい話ができるんです。
『コメ旬』を作る時は、
編集長のラリー遠田さんと渋谷のルノアールで
毎週のように何時間も話しました。
打ち合わせの中でも、雑談はすごく大事です。
今好きな本や映画の話など、
たくさんの色々な話をしてコミュニケーションをとることが、
編集者としては大事だと思います。
そういうところから企画も生まれてきますし。

その他には、編集者は名刺で仕事をしてはいけないと思っています。
たとえば僕だったら“キネマ旬報社”という会社の社員ですが、
どこの会社に所属しているかではなくて、
どういう仕事をしてきたか、ということのほうが大事。
それが編集者の場合はどういう本を作ってきたか、にあたりますよね。
だから僕は「手がけた本が自分の履歴書になるように…」
と思っています。一緒に本を作る人に、
「キネマ旬報社の人と仕事をしたいな」ではなく、
「この本を作った人と一緒に仕事をしたいな」
と思われるような本づくりをしたいです。

今はFacebookも活用しているのですが、
主に仕事のために使っています。
自分がどういう物が好きか、どういう本を作っているかを
別の人にわかるようにしておくことで、
自分が手がけるべき企画のヒントが集まってきたりする。
たくさんのSNSがある時代だからこそ、
それを有用に活用したいと思っています。

この仕事の醍醐味は何ですか?

はしごの一段一段を登るような気分になれることでしょうか。
今まで作ってきた本一冊一冊が、次の一冊を作るための「足場」
になっているというか。
たとえば、1年前の自分には作れない本が今の自分には作れる、
と思いますし、今の自分に作れない本がこの先の自分には作れる、
とも思います。一冊一冊本を作るごとに、はしごを上っていって、
一段上るごとに違う景色が見える感覚です。

本屋では女性誌や啓発本などいろんな物を手にとります。
この前は女性誌の中に「離れ目メイクがもてる!」
という特集があって、すごく気になりました。
「離れ目」なんて、男の自分には一見不思議なことですけど、
それをよしとする価値観が世の中にはたしかにあり、
その雑誌は売れているわけですよね。
自分の身の回りにはない情報が本屋さんにはたくさんあるので、
それが面白くて色々な本を手に取ってしまいます。
だから「今後どういう本を作っていきたいか?」と聞かれれば、
とにかくいろんな本を作っていって、
どんどんステップアップしていきたいな、と思います。
それこそ女性誌もやってみたいですね。

最後に稲田さんにとって、プロデュースとは?

うーん、難しいな…強いて言えば“何でも屋”ですね。
編集だけではなくて、取材もするし、PRもする。
本一冊作るのに、その全ての工程と、アフターフォローも関わるので、
“何でも屋”ということで。

終始、朗らかで優しい笑顔でお話しする姿は、
ほんとうに人とお話されるのが大好きな方、という印象を受けました。
話の引き出しがたくさんあって、楽しい話がつきなくて、
まるで仲のいい友達とお話しているような感覚…
編集者としての魅力がたくさん、たくさん詰まった素敵な方でした。

 

稲田豊史さんをもっと詳しく知りたい方はこちらへ!

・キネマ旬報社出版編集部Twitter

  @kinejun_books
・「コメ旬 comedy-junpo」編集部活動記録
  http://www.kinejun.com/tabid/154/Default.aspx
・団地団本プロジェクト
  http://www.kinejun.com/blog/shoseki_blog/tabid/
  172/Default.aspx

 


inserted by FC2 system